2007年11月04日

シモーヌ・ヴェイユ「重力と恩寵」〜絶対的な善を求める狂気。

ロシアンブルー

笠井潔のことを書いた前回に予告したように、今回はシモーヌ・ヴェイユ「重力と恩寵」のことを書こうと思います。ただし、私のような読書レベルでは彼女の命(魂)を賭けた著作のことを十分理解できるはずもなく、またそれを簡単に紹介できるものではありません。でも、ここ10年くらい(これを読んだのは2,3年前だと思いますが)、私が感銘を受けたものの中では確実にトップクラスの影響力をもった本だと思います。
私が彼女の名前を最初に知ったのは、恥ずかしながら前回笠井潔の「駆シリーズ」の小説の中でした。笠井は小説の中でよく実在の哲学者などをモチーフとした人物を登場させるのですが、シモーヌ・ヴェイユもそんな登場人物の一人で、自身の思念に殉じて餓死してしまうという設定で(だったと思いますが…)、ヴェイユに実際に起こった実話を取り入れています。その小説を読んだときから「シモーヌ・ヴェイユ」という人のことは気になっていて、彼女の伝記(「シモーヌ・ヴェイユの生涯」大木健著)など読みましたが、「なるほど」という程度で通り過ぎてしまいました。
文庫本(ちくま学芸文庫)という手軽さからなんとなく、「重力と恩寵」を2,3年前に買って読みました。実際に彼女の書いた本を読むのは初めてだったのですが(というかいまもこれしか読んでいません)、「重力と恩寵」は39のテーマで主に宗教や哲学の視点から人間存在の根源を見つめている(と思う)のですが、テーマごとに文章がコンパクトなので読みやすく構成されていると思います。また、彼女の言葉は具体的な事象を扱うことが多いので、抽象的な概念を論理的に並べるいわゆる哲学書的な難解さも薄いのではないでしょうか。
しかし、一見読みやすそうな容姿をしているのですが、そこに書かれた彼女の心(魂)
はあまりに高潔すぎて(?)、ついていくのはとても大変です。大変ですが、しかも私自身読みこなしているなどとは絶対言えませんが、私はそこに人間の、女性の、極限の美しさを感じ、それに触れることができた「気がしました」。前に私は「ケイト・ブッシュの狂気は美しい」ことを書きましたが、シモーヌ・ヴェイユもある種「狂気」だと思います。最後に彼女の言葉から1つだけ。
「神は、わたしたちのところへ来ようとして、世界の厚みを越えてくる。」
(「重力と恩寵」シモーヌ・ヴェイユ著 ちくま学芸文庫 田辺保訳 より)

posted by なすぱぱ at 00:00 | Comment(1) | TrackBack(0) | 本・小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 シモーヌ・ヴェイユの狂熱的なクリスチャン(彼女は洗礼を受けませんでしたが)としての信仰を現在に探そうとすると、それはエホバの証人しかいないとわたしには思われます。
 シモーヌ・ヴェイユもエホバの証人も、信仰があまりにも剥き出しの花のようで、聖書の教義の解釈を逸脱してはいないかと常識は教えますが、本来信仰とは、そのようなものであったはずです。
Posted by 水流園 透 at 2010年01月28日 00:56
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