2014年05月31日

「キック・アス」〜最近テレビで観た小気味よい2本の映画。

ふく&しんのすけ


最近DVDを借りてきたりして、家で映画を観るということがまったくない。はっきりした理由はわからないが、とにかく観ようという気になれないのだ。うちの上さんはこまめにお気に入りのTV番組を録画して、せっせとそれを日々見ているが、彼女もテレビで映画を観るということはほとんど最近していない。 そんな最近の我が家であるが、先日上さんの留守中にテレビを何気に見ていて、実にひさびさに映画を観た。「キック・アス」というヒーローもの(?)の映画である。

「キック・アス」は昨年シリーズ2作目が公開されていたらしいので、そこそこの人気作と思われる。以前うちの上さんも出張中の飛行機の中でこの映画を観たことがあって、面白かったと言っていたので今回ボクも何気に観たのだが、けっこう面白く楽しめた。なにも考えないで楽しむことができる。ボクはどちらかといえばコメディタッチの映画はそれほど好みではないが、「キック・アス」は“おバカな”要素とヒロイックな要素がほどよくブレンドされていて、ちょっと新しい感覚で観ることのできる映画だと思った。

厳密にはこの映画は「スパイダーマン」や「スーパーマン」など、いわゆるヒーローものとは言えないのだろう。主人公はリアルなヒーローに憧れる普通の若者=オタクであり、ヒーロー自体というより、そのヒーロー願望を実体化したという点でいえば“メタ・ヒーロー映画”と呼べそうなものである。そこがこれまでの普通のヒーローものと一線を画して新しく、観る者の共感を得ることに成功したのかもしれない。

一般的にヒーローは正義の使者的な存在として描かれる。それを正面から正統的に描いたのが「スーパーマン」に代表される映画だと思う。以前とりあげたバットマンシリーズの「ダーク・ナイト」(ヒース・レジャー最高!)は、ヒーローが守ろうとする正義とは何なのか、について考えさせてくれる映画で、これもある意味“メタ・ヒーロー映画”だったのかもしれない。
最近は観る人の心もひねくれてきたので、勧善懲悪のストレートなヒーローものでは満足されなくなったということか・・・それはそれでちょっと寂しさを感じることではあるが、天邪鬼なボクは「キック・アス」のようなヒーローもののほうが魅力を感じる。

といったようなこととは別に、「キック・アス」がヒットした最大の要因は、正統派ヒーロー(ヒロイン)としての“ヒット・ガール”の存在が大きかったと思われる。個人的にはボクは魅力をあまり感じないが、世の中のギークな人たちはきっと彼女を通じて「キック・アス」を好きになっているに違いない、と思う。


さて、今回は「キック・アス」を観た翌日だったかに観た映画のことも少し書く。それは「デス・プルーフinグラインドハウス」という映画。2007年制作のクエンティン・タランティーノ監督によるアクション&サスペンスな作品である。

「デス・プルーフ」は、スタントマンを生業とする殺人鬼(カート・ラッセル最高!)のお話しである。この殺人鬼は、街で見つけた尻軽そうな若い女性が数人で乗っている車に目をつけ、セックスの代償行為としてその車に「激突」(スピルバーグ)よろしく襲いかかって彼女たちを殺そうとする。映画はオムニバスっぽいつくりになっていて、前半はそんな殺人鬼の成功譚。後半は彼が受ける被復讐譚のようなお話になっている。

タランティーノって巧い監督だな、とあらためて感じた映画だった。「イングロリアス・バスターズ」で感じたようなA級の技量の巧さとはちがって、B級の面白さというか昔の映画的感覚の軽いあしらいの巧さというか、とにかくその映画センスは並ではない。
「デス・プルーフ」の面白さは、殺人鬼の辿る物語自体がよくできていることもあるのだが、物語の大半を占める(尻軽そうな)女性たちの行動言動がナチュラルで、いわゆるガールズ・トークの描写がとにかく秀逸であることによる。物語の本筋とは関係のないそれら描写は一見ムダな部分とも思われるのだが、このムダ=過剰・余剰こそがタランティーノの天才たる所以なのだと感じる。
タランティーノの最新作「ジャンゴ」はまだ観ていないが、「デス・プルーフ」を観て最新作も観てみたくなった。ボクが「ジャンゴ」を観ていない理由は、以前DVDを借りて観た昔々の「ジャンゴ」のイメージが強烈だったので、リメイクに魅力をあまり感じなかったからだが、こんどぜひ観てみようと思う。

今回はいつもの感想よりかなり軽めに2本の映画をとりあげたが、いずれもその軽さが小気味の良い感覚で楽しめる作品だった。これを機に、これからは家でももっと映画を観れるようになるだろうか・・・?

posted by なすぱぱ at 08:30 | Comment(1) | TrackBack(0) | テレビ・映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うれしい記事である。なすぱぱさんがマッカーシーの国境三部作を読むとは思ってもみなかったからである。何よりもの素晴らしいのは、ともすれば自己破滅的で凄惨な内容になりがちのマッカーシーの小説を、決して内部にとどめて侵食させることなく楽しんでいることである。だからこそこういう爽やかなコメントが書けるのであろう。幸福な読書家である。
その点私などはその小説や映画のできが良ければ良いほど、自分の内部で整理ができず、現実世界と小説世界が混濁して、しばらく寝込むことになる。不幸な読書の典型である。
願わくは、なすぱぱが作品の出来不出来に躊躇することなく、国境三部作を読み上げてほしいものだ。そしてタランティーノの「ジャンゴ」の感想も、早く読みたいものである。
Posted by at 2014年06月16日 12:31
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック