2013年11月16日

「恥辱」〜男性中心・白人社会の逆転する南アフリカの予感。

ふくまろ


J・M・クッツェーという人は2003年にノーベル(文学)賞を受賞した作家だが、それ以前1983年には「マイケル・K」で英国ブッカー賞を、さらに1999年にも「恥辱」で同賞を獲っている。ブッカー賞の歴史の中で2度受賞に輝いた作家はクッツェーだけということだが、彼はまたエルサレム賞を1987年に受賞している。エルサレム賞、そう、わが村上春樹も2009年に受賞して、そのスピーチが話題になったあの賞である。ということで「マイケル・K」、「夷狄を待ちながら」に続いて、またクッツェーを読んだ。こんど読んだのはもちろん、2度目のブッカー賞の対象となり、ノーベル賞受賞にも大きく影響したと思われる、「恥辱」(ハヤカワepi文庫、鴻巣友季子訳)という作品である。

「恥辱」の主人公は、南アフリカ・ケープタウンの大学で文学を教える、52歳の白人男性(アフリカーナーか?)デヴィッドである。彼は二度の離婚歴をもち娘が一人いるが、いまは離れて暮らしている。デヴィッドは自身の性欲に対して奔放であり、いわゆる女好きの男として知られているが、娼館の女に飽き足らず(?)彼の授業をとっている女子大生に手をつけたことから訴えをおこされ、大学を辞職に追いやられる。都会から離れた田舎に土地を買い、そこで細々と農場を営んでいる娘ルーシーのもとに彼は赴く。しばらくの間だけ身を寄せるつもりでデヴィッドは、ギクシャクとした娘との二人暮らしをはじめるが、ある日突然、とんでもない災厄が二人を襲い、デヴィッドとルーシーの人生は大きく狂いはじめる・・・・。

これまで読んだ「マイケル・K」や「夷狄を待ちながら」以上に、「恥辱」にはいろんなテーマが入り混じり、作者が何を書きたかったのか読みとるのは難しい。ただ、3作に通底する重要なテーマのひとつは『暴力』に間違いないであろう。そしてその暴力の矛先は常に弱者である。「マイケル・K」では母を喪ってやや頭の弱い口唇裂の青年。「夷狄を待ちながら」では帝国の支配を受ける辺境の部族民。そして「恥辱」では女性であった。いずれもクッツェーの生国南アフリカの国情から見出されたものであるが、クッツェー作品は南アフリカの国境を越えて、世界普遍のテーマとして面白く読ませてくれる。クッツェーの魅力のひとつは、たとえば『暴力』テーマそれ自体に固執するのではなく、他のテーマと複雑に絡みあって安直な答えを導き出さないところだろうか。あたりまえのことだが、すぐれた(文学)作品というのは答えではなく、人々が見落としてしまった、また敢えて見ようとしないような隠れた問題を抉り出すことなのだと、クッツェーを読んであらためて強く感じた。

※ここから先は、本作のエンディングのことについて触れている。ミステリなどではないので、知ったとしても作品の価値が変わるわけではないが、気になる人は読まないほうがいいかも。

ボクは「恥辱」を読んで、そのメインとなるテーマ、たぶん『暴力と性』『白人社会の逆転』みたいなテーマ以上に興味をひかれたテーマがあった。それは『動物愛護』的なテーマで、クッツェーは他作でもかなりの力を注いでこのテーマに取り組んでいるらしい。

ルーシーの暮らす田舎の街に、小さな動物の保護施設がある。そこにはペットとして飼われていた(主に)犬が持ち込まれるが、中には障害を負って見捨てられた犬も多く、簡単な手当はするものの新しい飼い主が現れなければ犬たちはやがて処分されてしまう。(結局ほとんどの犬は処分されてしまう) 病院を開設しているのはルーシーの知り合いでべヴという女性だ。べヴは獣医ですらないが、ほとんど一人で施設をきりもりし、なりゆきでデヴィッドもいやいやながらそれを手伝うことになる。デヴィッドはそれまで犬なんかに(犬だけではないが)関心はなく、その生死にも冷徹な態度を示すだけだったが、これから先も生きることに何の疑いも持たない犬たちを安楽死させる手伝いを続けるうちに、(死にゆく)犬たちへの愛情のようなものが目覚める。

と、ここまでは普通のことであった。(ほんとはもっといろんな状況が入り組んでいるけど) 物語の終盤、デヴィッドは肢に障害を持つ一匹の子犬を世話するうちに、その犬に特別の愛情を抱くようになる。ある日、その日に予定された犬の殺処分を終えたべヴに、彼は『もう一匹』と言う。予定ではあと1週間生かしておくこともできる幼犬なのに、デヴィッドはその犬の処分を頼むのである。そしてそれが「恥辱」のラストシーンであった。 ・・・・なぜこのエピソードが物語のラストに書かれなくてはならなかったのか、ボクには見当もつかない。 ・・・・しかし、ボクの心にはそのエンディングは深く刻まれることになった。

posted by なすぱぱ at 09:58 | Comment(0) | TrackBack(1) | 本・小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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「恥辱」J.M. クッツェー
Excerpt: ノーベル賞、ブッカー賞2回受賞作家の代表作。 大学教授の転落を描く。原題は「Disgrace」。   舞台は南アフリカ共和国。 主人公は教授デヴィッド・ラウリー52歳。 2回結婚し、二度..
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