2019年08月17日

「蝶々夫人」〜オペラではじめてグッときたかも。

ココ夫人

ボクはミーハーであるが天邪鬼でもある。だからみんながみんな『いいね』みたいに評している小説や映画なんかはついそっぽを向いてしまい、そんな作品をあえて敬遠してしまうこともあったりする。マイブームとなっているオペラに関しては逆にミーハー魂全開で、これまで従順に有名作や人気作を中心に(主に上さんが)中古DVDを買い求めて鑑賞してきている。しかし今回とりあげる「蝶々夫人」は、日本を舞台とした俗悪なオリエンタル趣味(ゲイシャ-フジヤマ等)が濃厚であると思い込んでいたため、これまで強いて観たいとは思わなかった作品である。事実、個人のオペラ関連ブログなんかを眺めていると、いかにも入門者向きといった風に案内していることも多く見受けられ、ボクもそれに知らずに洗脳されていたと思われる。

ところが・・・・すでに有名どころのオペラを20作品くらいは観て、ある程度その様式にも慣れていたつもりのボクだったが、今回ようやく「蝶々夫人」を鑑賞するに及んで、これまで観たどのオペラよりも深い感銘を受けた。しょせん西欧人が異国趣味で描く日本なんてまがい物にすぎない。たしかにそこに描かれるのはニセモノの日本である。しかしそこにはあまりに日本的な、皮肉に言えば演歌的といってもいいくらいの日本が描かれていたのである。

ココ夫人

これからボクが書くことは、「蝶々夫人」というオペラの一般論とはならないのかもしれない。もしかしたらボクが観たバージョンに限られた感想になるのかもしれない。なので念のため、ボクが観た「蝶々夫人」の基本情報を以下に記してココ夫人おく。このDVDは、デアゴスティーニのオペラコレクションの1巻で、上さんが中古で買ったものである。
■収録:2004年 アレーナ・ディ・ヴェローナ(古代ローマの闘技場跡)
■演出:フランコ・ゼッフィレッリ
■衣装:ワダ・エミ / 振付:田口道子
■蝶々さん:フィオレンツァ・チェドリンス

まず蝶々さんの登場シーン。 何度も書いているように、オペラは視覚的にもその歌手の容姿イメージはとても重要なポイントである。若干15歳のヒロイン、蝶々夫人はどんな女性が演じるのであろうか、期待と不安が入り混じる・・・・。 ・・・『あ、ダメだ』と思った。祇園の花魁かと思うような派手な演出で登場したのは、華奢な乙女とはほど遠い、肉づきのよい中年女性(当時40歳だった)。歌(声)もはじめそれほど良いとは感じられなかった。『これじゃ気持ちを入れて観れないな』と、なかばあきらめて観ていたのだが、徐々にその演技と歌唱に魅入られ、第二幕の「ある晴れた日に」を聴いたときには鳥肌がたっていた。
技巧としての歌唱力だけではぜったいに伝えられない何かがその歌には籠められている。全編にわたって彼女の歌唱は情感にあふれ、時として鬼気迫るものだったが、日本が舞台で着物姿ということもあって、一級の演(艶)歌を聴いて(観て)いるように錯覚してしまいそうだった。オペラ歌手の容姿は大切であるという気持ちは変わらないが、それを超える演技、歌唱もあるのだなと、今回あらためて思い知ることができた。すばらしい体験であり勉強にもなったと思う。
あと、主人公に隠れがちであったが、蝶々さんの侍女、鈴木役の歌手がとてもよかった。蝶々夫人との二重唱も美しく、自身のアリアでも気持ちの籠め方が半端なく、入れ込み過ぎて終演のカーテンコールで笑顔さえつくれず、涙顔のままだったのが印象に残った。

これまでオペラを20本くらい観てきて、『ちょっと…』と疑問に感じたことのひとつに、脚本・台本の適当とまでは言わないが、あまりに荒削りな物語の流れに驚くことがままあった。具体的には登場人物の言動がいとも簡単に豹変してしまうこと。そんな容易く心変わりするか?と思うような納得のいかない場面が実に多い。このことはこれまで観たほとんどのオペラ作品に共通して言えることで、だからボクは『オペラってこんなもんか』と割り切って観ていた。しかし、「蝶々夫人」には大きく唐突に感じる場面がひとつもなかった。それがあたり前と言えばそうなのだが、いまのところそんなまっとうな人物心理に終始貫かれたオペラを観ていない。それだけでも本作はもっと高く評価されてもよいのではないかと素人ながらに思った次第である。すくなくとも、「蝶々夫人」なんて女子供の観るオペラ、などと言いそうな男性マニアの言うことには耳を貸さないほうがよいと思われる。

ココ夫人

あとひとつ言いたいことは演出のこと。他のバージョンを観ていないので比較はできないが、ボクの観たゼッフィレッリ演出盤は細かなところで表層的ジャポニズム指向や誤解も含まれているものの、日本という国をとてもうまく表現していると思った。ワダ・エミの衣装や田口道子の振付あってこそかもしれないが、それらをまとめて舞台演出を統括するゼッフィレッリの手腕にはすなおに感心した。同じプッチーニでボクの観た「トゥーランドット」は、映画監督チャン・イーモウが紫禁城を舞台にすばらしい演出だったが、あれは中国人が自国舞台のお話を演出しているからこそできたこととも言える。ゼッフィレッリは師匠のルキノ・ヴィスコンティから学んだことも多かったのだろうが、個人的に今回観た「蝶々夫人」で彼のことを再認識することができた。(これまでは、映画「チャンプ」の監督というイメージが強かった) もしかしたらこれまでに観た作品のなかにもゼッフィレッリ演出盤はあったのかもしれないが、今後はそんなことにも注意を払いながらオペラ鑑賞に励みたいと思う。


posted by なすぱぱ at 07:50 | Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月03日

「ホフマン物語」「ラインの黄金」〜最近心動かしたオペラ。

箱入りココ

ぜんぜん進まない読書とはウラハラに、マイブームのオペラ鑑賞はハイペースで進行している。ホントは観たすべての作品を備忘録として感想を残したいのだが、オペラ(クラシック)初心者のボクには、そのひとつひとつを吟味して言葉に移すことができそうにない。そこで今回は、最近観た作品の中でもっとも心に残った2つのオペラをとりあげ、簡単にその感想を記しておこうと思う。

ラグドールのふくまろ

■「ホフマン物語」 オッフェンバック作
オッフェンバックという名前、「ホフマン物語」というタイトルは聞いたことはあったが、それだけしか知らないまったくノーマークのオペラだった。何故か上さんがDVDを買っていて、一人でさわりを観ていたのだが、面白そうということだったので日をあらためて最初から観た。
ドイツの幻想文学作家(微妙に違う?)E.T.A.ホフマンの小説から3編をつまんで、作家ホフマンそのものを主人公として劇に加えた当作は、聴いたことのある曲(「クラインザックの歌」など)もあって、最初から最後まで楽しく観ることができた。
ストーリーは、酒場で女を待っているホフマンが、過去に失恋した話をみんなに聞かせるというもの。3つの失恋話がオムニバス的に展開するのだが、なんといっても圧巻は第一話の「オランピア」の幕。ホフマンが恋したのは何と機械仕掛けの人形であった。ホフマンはもちろんそれと知らずに恋してしまうのだが、この手の話は現代にも脈々と受け継がれている異形の愛の典型パターン。切なくも可笑しく愛おしい、とくに男心をくすぐる普遍的なテーマ、モチーフになっている。
“圧巻”と書いた理由は、ここで唄われるオランピアのアリアが素晴らしいからだ。人間が情感を籠めて唄うのではなく、感情のない人形が感情を籠めたように唄わなくてはならない。しかも人形としての動きをロボットダンスよろしく演じながらである。技巧的と言ってしまえばそれまでだが、「魔笛」の夜の女王のアリアなんかよりもずっとずっと心に迫ってくる。オペラでは他に類を見ない(?)アリアとして、深くボクの心に刻まれる曲となった。
ちなみにボクが観たDVDは、2002年にパリのオペラ座で収録されたものだったが、オランピアを演じて(唄って)いたのはデジレ・ランカトーレという女性だった。そして奇しくもボクが先日オーチャードホールで観た「リゴレット」でジルダ役を演じていたのも彼女本人!(上さんが気づいた、ボクだけだったら気づかずにスルーしていただろう) こういう偶然というのは何となくうれしく、ちょっとだけ幸せな気分にもしてくれる。そういう思いも含めて、この「ホフマン物語」はとても心に残る作品となった。

しんのすけ

■「ラインの黄金」 ワーグナー作
この前「ワルキューレ」を観て、とても面白く観ることができたので、ニーベルングの指輪、いわゆる指輪四部作を観てみようと思い、続いて観たのが本作「ラインの黄金」である。「ワルキューレ」と同じ小学館の魅惑のオペラシリーズを、上さんがオークションで300円弱で手に入れた。さすがに解説本などは入っていないそれなりの中古ものだったが、DVD自体は映像が飛んだりすることもなく普通に観ることができたので、このシリーズとしては超お買い得だったかもしれない。(でもあとで買いなおすかも…)
「ワルキューレ」とは違って、見知った楽曲が含まれているわけではないのでちょっと不安だったが、まったくノープロブレム、全編とても楽しんで観ることができた。 冒頭でニーベルング族のアルベリヒがライン川のほとり、3人の水の精(ラインの娘)を誘惑(?)しようとする場面。舞台は足元が靄に覆われ、ラインの娘たちが水と戯れながら唄う様を美しく幻想的に表現していて、のっけから心を掴まれた。他のバージョンを観ていないので適当だが、クプファー演出の当盤は個人的にとても趣味に合うようだ。
ヴァルハラ城の建設を頼んでいる巨人族は、「8時だよ!全員集合」か?と思わせるようなジャンボマックスもまっ青の着ぐるみ(?)が登場して驚いたが、見慣れるとそれはそれでごく自然な演出かも、と納得してしまった。
本作に登場する半神ローゲ役の歌手(調べていないのでだれか分からない)について、最初は他のオペラ歌手となんとなく異質で、ちょっと違和感があった。しかしこれも見慣れると、こうじゃなきゃローゲの微妙な存在感は伝えられないかも、と思うようになった。本作のローゲは見た目も含めてまさにトリックスター的演技が秀逸で、個人的にはテノールを超えてやや甲高く聴こえる彼の声質が役柄にピッタリだと思った。「ラインの黄金」は、彼あってこそ見栄えのするオペラになっていると思うのは言い過ぎであろうか。
観終わって上さんが、『結局ヴォータンって何にもしてないじゃん』と感想を述べていたが、確かに。ヴォータンは神の長であり、もしかしたら父性を代表、象徴するものかもしれない。「ワルキューレ」でも妻のフリッカになじられ、かと思えば娘のヒュンデブルグには厳しくかつ優しい父親像をみせていた。ヴォータンはワーグナーの鏡像なのか理想像なのかは分からないが、ワーグナー自身がそのキャラクターには籠められているような気がする。「ラインの黄金」では、まだ神々の長として、自身(ワーグナー)が物語の作者=神として、その立ち位置や振る舞いに完璧な自信が持てなかったのではないだろうか。

ということで今回は、「ホフマン物語」と「ラインの黄金」の2作品だけをとりあげたが、これ以外にもマリオ・デル=モナコの出ている「道化師」やヴェルディの「アイーダ」、「イル・トロバトゥーレ」、「アッティラ」、「ルイザ・ミラー」、「シモン・ボッカネグラ」、ビゼーの「真珠採り」やMETで演った「ルサルカ」なんかをたて続けに観ている(それ以外にも観ているかも…)。作品名と内容がちょっとこんがらかっているものもあって、いずれ整理してあらためて書こうとも思うがいつになることやら。いまはそれよりも、他の新しい作品を貪欲に観ることを重視したい。マイブームのオペラ鑑賞は、まだしばらくは熱が冷めそうにない。 


posted by なすぱぱ at 09:05 | Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月27日

カメラは売れたけど〜無念のアンプ予約…その代わりに…。

箱入りココ

この前、ボクの緑内障を理由として、持っているカメラを処分する計画のことを記した。また、カメラを処分したお金で、ラックスマンの真空管アンプを買おうと思っていることも書いたが、今回はその顛末についてすこし書き留めておく。

カメラの処分については、ネットのサービスは機材の荷造りなんかが面倒なので実店舗のあるところを利用しようと考え、無難な「カメラのキタムラ」に行こうと思っていた。しかしその後、ネットの情報をもうすこし調べて、ちょっとでも高く売れそうなところを探してみた。結果、ちょっと遠いけど新宿の「マップカメラ」なるところが良さげだと判断するに至る。

その日はしのつく雨のなか、重いリュックとショルダーバッグを担いで、オタッキーな田舎者然として出かけた。着いたのは開店すぐ(20分後くらい)だったので、店には客も2、3人しかおらず、これは査定も早いかなと受付をしたらなんと3時間待ち。土日は混んでいると聞いて、雨のなかを早めに来たつもりだったがさすが新宿、田舎者の考えは甘かったようだ。

飯を食ってヨドバシをブラついてコーヒーを粘って3時間をつぶした。これで査定が低かったら落ち込むだろうなと不安を胸に再来店。査定見積りを見たときは思わずガッツポーズ、は恥ずかしいので何気ないふりして店員さんに質問したりしてごまかした。結果はカメラ本体とレンズ4本いずれも「マップカメラ」のワンプライス(だったか?)評価で満足のいく、予想以上の評価であった。とくに10年以上前にニコンのD-40と一緒に買ったシグマのF1.4にも一応の値段がついていたのが大きかった。これで3時間のヒマつぶしも無駄に終わらず、新宿まで来た甲斐があったというものだ。雨は止まなかったけど、帰りの電車では晴々した気分で軽くなったバッグを抱きしめていた。

ふくまろ

さて、これでラックスマンのアンプを買う軍資金はできた。たまたまアンプの予約開始の日は、ボクの眼科通院の日と重なったので、夜になる前に予約できてしまう。病院から帰って午後ちょっと遅くにウキウキ気分で予約のページにアクセスしてみたら・・・・ん?・・・・完売?・・・・どいうこと?・・・・マジか! はじめは、以前に完売した時の表記がまだ残っているのだと思い込んでしまったくらい信じられなかった。しかし見直してみると、やはり今回の予約がすでに終了している。 しばし愕然であった。どこぞのタレントのコンサートチケットじゃないんだから、予約開始日の午後に完売とは・・・・いったい何台の予約を今回受け付けたのか・・・・なんとまぁ・・・・である。35千円でラックスマンの真空管アンプは、ボクみたいなミーハーをいっぱい呼び込んでしまったのだろうか。それにしても恐るべし、『LAXMAN』ブランド。

ということで、もろくも崩れ去った真空管アンプの夢。 だけど実はボクの心はけっこうサバサバしている。というのも、真空管アンプを買った場合、(小さいとはいえ我が家の状況から)その設置場所の問題や、既存ROTELアンプとの配線のやりくりなど、どうしようかなと悩んでいたこともいくつかあったからだ。なので今回のこの件は、もとから無かったこととしてキレイサッパリ忘れてしまおうと思う。

その代わり・・・・

夢に終わった真空管アンプの代わりに、ボクはいま別の目標をもっている。
それは我が家のテレビの5.1ch化である。
現在うちのテレビは、オーディオ類とは完全に切り離されている。DALIのメヌエットというスピーカーを購入したとき書いたように、テレビにはONKYOの安いAVアンプ(TX-L50)を繋げ、それでDALIのセンソール1とサブウーファーを鳴らしている。 最近DVDでオペラをよく観るようになったボクは、オペラをもっと迫力のある、臨場感のあるサウンドで聴いてみたいと思うようになっていた。オーディオには無頓着な上さんも、それにはけっこう乗り気のようなので、5.1chも俄然現実味を帯びてきているというわけだ。カメラを処分したお金だけでは足りないので、大蔵大臣の援助も必要となりそうだが、真空管アンプ欲望の代償として年内実現を目指そうと、ただいま妄想真最中である。 いずれこの件も、話が進んだら詳しく書こうと思うので、今日のところはこのへんで。


posted by なすぱぱ at 08:41 | Comment(0) | 日記その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする